成塚石橋遺跡(なりづかいしばしいせき)

  太田市成塚にあり、渡良瀬川扇状地の東南端に立地する。1987年から1990年まで、蛇川改修工事に伴って県埋文事業団が発掘調査した。縄文時代前期の竪穴住居1、陥穴3、埋葬施設が削られ周堀のみの古墳9、古墳時代から平安時代にかけての住居125、および自然河川などが見つかった。本遺跡の東側には5世紀前半と考えられる方形環濠集落があり、本遺跡との関連性が注目される。また、住居群に沿って見つかった自然河川は集落内祭祀との関連で注目される。出土遺物と土層断面の観察から、この河川の流路は大きく3期に分かれる。1期の流路では、5世紀の遺物が川底に大量に廃棄され、坩や高坏、石製模造品が集中して出土しており、祭祀との関連が想定される。2期は、6世紀の流路と考えられ、土師器坏、須恵器甕の出土が特徴的である。3期は8世紀から9世紀ごろの流路で須恵器坏が主に出土し、土層の上位にAs-Bがのる。古墳は成塚古墳群の一部と考えられ、周堀の形態から7基が円墳で、帆立貝式古墳と方墳が1基ずつあることが分かった。周堀内からは、馬形埴輪、人物埴輪の頭部などが見つかった。そのほか時期は特定できないが、銅鐸形の土製品が竪穴住居の埋没土上層から出土している。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈中山茂樹〉

[文献]
◇『成塚石橋遺跡』『成塚石橋遺跡II』 県埋文事業団 1988・1991

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