| 七日市観音前遺跡(なのかいちかんのんまえいせき) |
| 富岡市七日市字観音前から字旧郭、字下堰根地内にかけて広がる。高田川の南岸に立地している。1986年から1989年にかけて、住宅団地の建て替え事業に伴って富岡市教委が発掘調査した。調査地点は遺跡の範囲の東縁部にあたるが、縄文時代中期の竪穴住居1、土坑、埋甕3、弥生時代中期の竪穴状遺構1、土坑1、古墳時代後期から平安時代にかけての竪穴住居46、掘立柱建物2、溝5、さらに中世の竪穴や溝、墓坑なども見つかった。これらの中で、弥生時代中期の竪穴状遺構は、中期前半の岩櫃山式期の希少な遺構であった。1辺3メートル強の整った方形で、炉や柱穴などの施設は認められず、単独で存在する点も特異であり、住居とは考えられない。遺物の出土状況などからみて墓と考えられるが、現在のところ類例のない遺構である。多数の土器が出土しており、県内では調査例の少ない同期の土器において良好な資料といえる。平安時代の溝は、上幅が7メートル以上、深さが1.7メートルほどの大規模な用水路で、このような例は県内でも数少ない。しかも、規模を縮小しながら、その後中世に至るまで再掘削されて利用され続けており、この地域の水田耕作の歴史や展開を考えるうえでも重要な遺跡である。出土遺物は富岡市教委に保管されている。〈井上太〉 |
| [文献] ◇『七日市観音前遺跡』 富岡市教委 1994 ◇若狭 徹・井上 太「富岡市観音前遺跡の弥生中期の墓址」『群馬考古学手帳』4 1994 |