| 七日市遺跡(なのかいちいせき) |
| 北群馬郡吉岡町大久保字原中、字七日市、字吉開戸にかけて広がる。1983年に関越自動車道建設に伴って2万6000平方メートルを吉岡村(当時)教委が発掘調査した。午王頭川左岸に開けた台地上に立地し、縄文時代前期の竪穴住居1、古墳から平安時代の竪穴住居49、井戸6などが調査されている。七日市の地名は古社三宮神社の門前町に由来するともいわれ、中世の古道(伝鎌倉街道)やそれに沿うような用水路遺構(伝女堀)も見つかっている。本遺跡の集落は奈良時代に入って定着し、その後平安時代前半を最後に、一時居住域としては使われなくなるが、中世には古道とともに再び集落の形成がなされたものと推定される。出土遺物は吉岡町教委に保管されている。〈瀧野巧〉 |
| [文献] ◇『七日市遺跡』 吉岡村教委 1986 |