| 中林遺跡(なかばやしいせき) |
| 群馬郡群馬町三ツ寺および中泉にあり、榛名山東南麓の標高122メートル付近の緩斜面に立地する。1981年から1982年にかけて、町立中学校建設に伴って群馬町教委が発掘調査した。古墳時代中期から平安時代(9世紀代)にかけての竪穴住居57、古墳時代中期から中世にかけての溝8、平安時代の水田などが見つかった。注目されるのは、古墳時代豪族居館が発見された三ツ寺I遺跡の南東隣接地で、居館をとりまく集落の一部が判明したことである。竪穴住居の8割ほどが古墳時代中期および後期(5世紀後半から6世紀代)に位置づけられる。遺物では、滑石製の剣形模造品や勾玉、さらに子持勾玉が出土している。石製模造品や子持勾玉は居館内でも出土しており、周辺集落に持ち込まれたことを示す資料である。平安時代水田は、約2500平方メートルを調査した。遺跡西側を南流する、猿府川へと向かう低湿地に営まれ、As-B層で埋没している。なお、同様の水田は、周辺の三ツ寺I遺跡、同II遺跡、井出村東遺跡で確認されており、猿府川沿いの低湿地ほぼ全面に広がることが想定される。上記のほか、遺物では、丸鞆や鉄製鋤先、板碑などが出土した。本遺跡に関する資料はかみつけの里博物館に保管されている。〈田辺芳昭〉 |
| [文献] ◇『昭和56年埋蔵文化財調査略報』『中林遺跡調査概報』 群馬町教委 1982・1983 |