| 中原遺跡群(なかはらいせきぐん) |
| 前橋市上増田町にある。前橋市中央部を南北に占める広瀬川低地帯中に立地し、西の桃ノ木川、東の荒砥川に挟まれている。古墳時代から中近世にわたる複合遺跡である。1992年から1994年にかけて前橋市埋文調査団が発掘調査した。古墳時代では、竪穴住居78棟のほか、畑状遺構や溝などが見つかっている。奈良・平安時代では、竪穴住居19棟と水田や溝が見つかり、特に弘仁9(818)年の地震に起因する洪水層に覆われた水田が遺跡のほぼ全域に広がっている。また、中・近世では井戸、土坑、溝のほか環濠が見つかり、五輪塔片も出土している。
818年の洪水層下の水田では、ほぼ109メートル(1町)間隔で走行する南北東西の大畦や坪交点が見つかっている。南北は正確であるが、東西はN-88°-Wの方向でややゆがんでいる。また、1町内部の土地区割りは東西約12間、南北30間前後で1段(約1179平方メートル)の区画で構成されており、条里制地割りの半折型に相当する。9世紀前半という条里制開始時期に近い水田として貴重な資料である。出土遺物は前橋市教委に保管されている。〈狩野吉弘〉 |
| [文献] ◇『中原遺跡群』I・II 前橋市埋文調査団 1993・1994 |