| 中原遺跡(なかはらいせき) |
| 新田郡薮塚本町薮塚字中原にある。1985年に土地改良に伴って薮塚本町教委が発掘調査した。八王子丘陵の西で、江戸時代に水田化されたところに位置する。ここには生品神社があり、境内から縄文時代中期の土器片が出土することで古くから知られていた。調査の結果、縄文時代中期末か後期前半のものと思われる敷石住居1棟と同期の土坑17基が見つかった。これに伴う土器は、加曽利E式と堀之内式である。また、墓坑状の遺構の底部から弥生土器が出土した。高さ32センチメートルで、器体部に対して口縁部が小さく、わずかに外反する。頚部は細く締まり胴部最大幅は中位にある。底部は平底である。頚部に縄文があり、器体部全体に刷毛痕がある。後期前半のものであろう。そのほか、古墳時代4棟、奈良・平安時代4棟の竪穴住居が見つかった。奈良平安時代の竪穴住居と複合して墓坑状の遺構があり、墨書のある土師器が2点出土している。敷石住居は移転保存され、1986年に町の指定文化財になっている。出土遺物は薮塚本町教委に保管されている。〈半田勝巳〉 |
| [文献] ◇『中原遺跡』 薮塚本町教委 1986 |