中鶴谷遺跡(なかつるがやいせき)

  前橋市荒子町にある。赤城山南麓を流れる宮川の開析谷と支谷に区切られた舌状台地上に立地する。1986年と1987年の2年にわたり住宅団地造成に伴って前橋市教委と前橋市埋文調査団が発掘調査した。柳久保遺跡群中の遺跡である。調査面積は約2万1000平方メートルである。縄文時代から平安時代にかけての遺構が見つかっている。縄文時代は土坑14が見つかり、前期諸磯a式、浮島I式および中期加曽利E式を中心とする土器、石器などが見つかった。土坑のうち2基は貯蔵穴、12基は楕円形で陥穴状と思われる。古墳時代の遺構は後期後半の竪穴住居17と末期の円墳1がある。奈良・平安時代の遺構は竪穴住居49、掘立柱式建物13、井戸12、炭窯1、土坑などがある。このうち竪穴住居、土坑、井戸から56点の墨書土器が出土した。この墨書土器は8世紀中葉から10世紀に作られたと考えられ、文字の内容は「田部」など田に関連したものも多い。本遺跡からは水田は見つかっていないが、調査区南側の沖積地とその周辺からの出土も多く、南側に隣接する柳久保水田遺跡との関連性も高いと思われる。また90号土坑の覆土上層からは100点以上の土器片、木片、種子が出土し、一括投棄されていることが確認された。土器片のうち11点は墨書土器であり、さらに11点中8点には「田」を含む文字が記されている。出土遺物は前橋市教委に保管されている。〈上野克巳〉

[文献]
◇『柳久保遺跡群』VI 前橋市教委 1988

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