中棚遺跡(なかだないせき)

  利根郡昭和村糸井字中棚にある。片品川の河岸段丘の最高位面上に立地する。北側が開け、遠くに谷川岳や越後の山並みを望める。1段下の段丘面には時期的に重なる糸井宮前遺跡がある。1982年と1983年に関越自動車道建設に伴って昭和村教委が台地の縁辺部を発掘調査した。縄文早期から平安までの複合遺跡で、縄文前期の竪穴住居26、土坑152、弥生時代末から古墳時代初頭の竪穴住居5、土坑1、平安の竪穴住居15などが見つかった。このほか、調査地内で直角に曲がる谷地があり、縄文時代早期の撚糸文系土器、沈線文系土器、押型文系土器、条痕文系土器が出土している。完形に復元できた田戸下層式土器、鵜ケ島台式土器もあり、県内における縄文早期の土器様相を知るうえで興味深いものがある。中棚遺跡が最も栄えたのは縄文前期の中葉から後半にかけてである。26棟の竪穴住居は、有尾式、黒浜式土器の段階から諸磯c式土器の段階まで継続的に造られ、土坑も掘られていた。住居の構造は、長方形から隅丸方形へ変化し、石囲炉や地床炉から土器埋設炉へ、主柱穴も4個から6個へと変化する。遺構内外からも縄文時代早期、前期を中心とする膨大な量の遺物が出土している。中でも縄文時代前期の有尾式、黒浜式土器、諸磯式土器を中心に80個体以上の土器が復元でき、その細分について検討されている。石器は凡字形石器などが多く、土器とともに縄文時代早期、前期の良好な資料を提供している。出土遺物は昭和村教委に保管されている。〈富澤敏弘〉

[文献]
◇『中棚遺跡』 昭和村教委 1985

戻る