長久保遺跡(ながくぼいせき)

  渡良瀬川の支流小中川を0.5キロメートルさかのぼった勢多郡東村小中字長久保にある。小中川左岸の北東から南西に延びる舌状台地上に立地する。台地の西は比高32メートルの深い谷であるが、東側は緩やかな斜面に続く浅い谷で、奥部の湧水を集めた小渓流が流れている。1991年に村誌編さん事業に伴って東村教委が発掘調査し、縄文時代前期の竪穴住居1棟と土坑5基が見つかった。竪穴住居は長軸6.6メートル(推定)、短軸は4.3メートルから5メートルとやや広がりのある長方形で、東側は斜面のため床面が削り取られていた。壁の下に周溝をめぐらしており、板状のものが埋め込まれていた形跡がある。炉跡は西壁の近くにあり、若干の焼土と炉石が1石だけ残されていた。柱穴は住居中央の4個と、西側1個の5本柱の構造となっている。土坑は住居の南側に5基見つかった。そのうちの1基は、深さ90センチメートルで底径が口径より広いフラスコ状を呈している。住居から出土した遺物は、縄文前期黒浜式の土器と石器であるが、詳細に観察すると、同時期の長野県を中心とする有尾式との類似性が指摘でき、従来より「有尾系」として認識されているものであることが判明した。本県の有尾系土器群は利根川、碓氷川、鏑川などに沿って分布していることが知られていたが、本遺跡の発見で渡良瀬川水系にも広がっていることが証明されたことになる。出土遺物は、勢多郡東村教委に保管されている。〈巾隆之〉

[文献]
◇『長久保遺跡発掘調査報告書』東村教委 1993
◇『勢多郡東村誌』 1998

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