| 中大塚中道遺跡(なかおおつかなかみちいせき) |
| 藤岡市中大塚字中道にあり、鮎川河岸から東方へ約1.6キロメートルの藤岡台地上に立地する。1995年に砂利採取事業に伴って藤岡市教委が発掘調査した。主な遺構は、As-B降下以前の平安時代竪穴住居4、掘立柱建物3および溝状遺構2である。掘立柱建物のうち1棟は3.2メートル×3.7メートルの規模で、深さ40センチメートルから60センチメートルの柱穴それぞれに2回から3回の重複があり、数回にわたって建て替えられたことが想定される。溝状遺構は竪穴住居埋没後に掘られたもので、幅1.2メートルから1.7メートル、深さ50センチメートルから60センチメートルのM-1と幅25センチメートルから40センチメートル、深さ20センチメートルのM-2が30センチメートルから1.2メートルの間隔で南西から北東方向へと走行する。隣接する中大塚遺跡で見つかった道路状遺構と連続し、旧来の農道と重複しており、道としての機能も検討されている。出土遺物は藤岡市教委に保管されている。〈中島誠〉 |
| [文献] ◇『年報』12 藤岡市教委 1996 |