長井石器時代住居跡(ながいせっきじだいじゅうきょあと)

  群馬郡倉渕村権田にある。1953年に丘陵傾斜地の開田作業中に発見され、発掘調査が行われた。開田作業中、一部の敷石が取り除かれた張り出しの部分があったということから、柄鏡形の敷石住居であると推定される。1辺約4メートルの隅丸方形の平面形で、敷石は板状節理した輝石安山岩である。敷石の中央部には安山岩を60センチメートル×55センチメートルの方形に組み合わせた炉がある。炉から北西へ70センチメートル離れたところに、40センチメートル×35センチメートルほどの大きさで、底にも石を敷いた箱状の遺構がある。柱穴は見つかっていない。出土遺物は土器、磨製石斧各1個と、3本の個体を異にする石棒の断片、ほかに黒曜石の小剥片のみである。出土遺物や住居の形態から縄文時代後期初頭のころのものと推定される。縄文時代に出現した住居の一形態と考えられるが、信仰的施設との関連も考えられる。1953年に県史跡に指定されている。〈市川光一〉

[文献]
◇松島栄治「権田敷石住居跡報告」『上毛史学』5 1954
◇山崎義男「群馬県長井敷石住居跡調査報告書」『考古学雑誌』39-2 1953

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