| 釣堂遺跡(つりどういせき) |
| 太田市新野町にあり、宝泉台地の北端近くの台地上に立地する。周辺一帯には古墳や縄文土器、土師器、須恵器などが分布し、その台地面の西のへり、方100メートルから200メートルに瓦の散布がある。本遺跡はこれまで発掘調査されていないため、詳細は不明であるが、小規模な寺院あるいは仏堂と推測される。出土した瓦類には、単弁五葉文の軒丸瓦、右偏行唐草文の軒平瓦、丸瓦、平瓦がある。軒瓦は上野国分寺の創建段階の形式(8世紀中葉)であり、鹿の川窯産とみられる。上野国分寺創建期の瓦を出土する遺跡は、台之原廃寺(薮塚本町)はじめ律令制の新田郡域に6カ所、つまり各郷に1カ所あることが確認されている。これは国分寺の造営に際して国司の求めに応じて、新田郡の郡司や郷長などに任用された在地豪族層が協力して瓦を寄進したことを示すものと解釈される。〈須田茂〉 |
| [文献] ◇須田茂「上野国新田郡における古代寺院について」『紀要』7 県埋文事業団 1990 ◇『新田町誌』通史編 1990 ◇『太田市史』通史編原始古代 1996 |