| 角渕古墳群(つのぶちこふんぐん) |
| 佐波郡玉村町の南側烏川に面した崖上に位置し、町内を南北に走る県道藤岡・大胡線の角渕地区の両側に分布する。この中に属する古墳は『上毛古墳綜覧』記載の玉村町19、20、22、23、26、27号古墳のほか、空中写真や野外調査で確認した5基、発掘調査された角渕城遺跡の3基である。この地区は古くから住宅が立ち並び、土地改良などにより古墳の原形をとどめているものは少ない。また古墳群のほとんどは発掘調査がなされず、詳細については不明である。茂木古墳群と高崎市の若宮古墳群との中間にあたり、現在知られている古墳よりはるかに多くの古墳からなる古墳群であったものと推測される。1987年に宅地造成に伴って玉村町教委が角渕城遺跡を発掘調査した。角渕城は本丸、二の丸、三の丸をもつ本格的な中世の平城であるが、調査地内で円墳3基が見つかった。周溝のみ遺存していたもので、角渕城が築城されたころには、墳丘は削平されていたと推測される。1号古墳は直径約18メートルで、周溝内から円筒埴輪片が出土している。2号古墳は直径約16メートルで、周溝内から土師器壷、円筒埴輪片、形象埴輪片(馬、人物の腕など)が出土している。3号古墳は直径約13メートルで、周溝内から土師器高坏、円筒埴輪片が出土している。時期は埴輪などから古墳時代後期と推測される。遺物は玉村町教委に保管されている。〈中里正憲〉 |
| [文献] ◇『玉村町の遺跡』 玉村町教委 1992 ◇『玉村町誌』通史編上巻 1995 |