月田・室沢遺跡群(つきだ・むろさわいせきぐん)

  勢多郡粕川村月田から室沢にかけての東西0.7キロメートル、南北1.7キロメートルほどの範囲に確認された15カ所の縄文時代前期後半の集落遺跡の総称である。標高250メートル前後の赤城山南麓の中腹に位置している。この地域は、典型的な丘陵性地形が発達している地域であり、遺跡は馬の背状の丘陵性地形の緩斜面や狭い平坦面に立地する。1983年から1984年にかけて粕川村教委が行った村内遺跡詳細分布調査およびその前後に行われたほ場整備に伴う緊急発掘調査によって見つかった。遺跡群中もっとも大きな遺跡は、最北部に位置する室沢長田D遺跡である。幅100メートル、長さ250メートルほどの比較的幅の広い丘陵性地形の舌状部南端にある。調査された遺構は、縄文時代前期の黒浜式期から諸磯c式期までの竪穴住居38棟と30基以上の土坑で、集落の時期構成は、黒浜式期23、諸磯a式期3、諸磯b式期8、諸磯c式期1のほかに時期不明1である。土坑はほとんどが時期不明であるが、黒浜式期と認定されたものが1基ある。ほかに時期不明の陥穴状の土坑が4基ある。また早期後半の炉穴状の落ち込みが認められたが明確に認定できなかった。竪穴住居には、重複や拡張をしたものなどがあり、そのあり方には特異性は見られない。出土遺物も土器を中心として、当該地域のほかの前期集落から出土するごく一般的なものであり、特殊性は見いだせない。ほかの遺跡も同様で縄文時代前期後半の竪穴住居2棟から8棟ほどで構成される集落である。中期の遺構は全く見つかっていない。詳細分布調査でも本地域内には縄文時代中期の遺物は全く確認されなかった。このことは、丘陵性地形における縄文時代前期集落遺跡の選地の優位性を示すとともに、縄文時代前期から中期における集落構成の変化を考える上で重要な問題を提起している。また、詳細分布調査の有効性が立証された調査例としても重要である。出土遺物は粕川村出土文化財管理センターに保管されている。〈小島純一〉

[文献]
◇『粕川村の遺跡』 粕川村教委 1985

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