| 地尻遺跡・地尻II遺跡(ちじりいせき・ちじりIIいせき) |
| 安中市安中字地尻にあり、碓氷川と九十九川に挟まれた碓氷川中位段丘上に立地する。両遺跡はこの段丘の東端近くの安中城の西南隅に位置する。1987年と1989年に道路建設に伴って安中市教委が発掘調査した。縄文時代中期の土坑、平安時代の住居、中世の堀、江戸時代の水路などが見つかった。堀に関しては、これまでの安中城の研究で確認されていない新しいものも見つかっている。この堀は幅約6メートル、深さ約2メートルの規模で、出土遺物から戦国期のものと思われる。永禄2(1559)年に安中忠政が安中城を築城する以前の在地豪族である窪庭氏時代のものと考えられ、約100メートル四方に区画された窪庭館を推定することができた。この堀は人為的に埋め戻され、江戸時代には幅約1メートル、深さ約40センチメートルの石積みの水路が形成されている。また埋め戻し面に、江戸時代のものと思われる墓8基が見つかっている。出土遺物は安中市教委に保管されている。〈千田茂雄〉 |
| [文献] ◇『地尻遺跡・地尻II遺跡』 安中市教委 1991 |