多田山東遺跡(ただやまひがしいせき)

  佐波郡赤堀町にあり、赤城山東南麓を南北に連なる丘陵の南端にある多田山丘陵の東側、谷地状湿田左岸の低台地上に立地する。土器破片の分布などから南北600メートル、東西150メートルの範囲で、縄文時代から平安時代にかけて連続する集落遺跡であると推定される。1981年に土地改良事業に伴って赤堀町教委が発掘調査した。古墳時代後期の竪穴住居を中心とする集落で、縄文時代前期の竪穴住居7、弥生時代後期の竪穴住居2、古墳時代前期から中期の竪穴住居7、古墳時代後期の竪穴住居26、奈良・平安時代の竪穴住居15のほか、土坑や溝が見つかった。弥生時代の竪穴住居から発掘当時には出土例の少なかった赤井戸式土器の特徴を示す土器片が出土して注目された。須恵器の坏、土製紡錘車や滑石製紡垂車などが出土している。出土遺物は赤堀町教委に保管されている。〈久保学〉

[文献]
◇『多田山東遺跡発掘調査概報』 赤堀町教委 1982

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