| 北群馬郡子持村中郷字中組にあり、利根川と吾妻川によって形成された河岸段丘に立地する。国指定史跡の黒井峯遺跡と同様の火山災害を受けた集落、農耕地、古墳群からなっている。遺跡の全体面積は約20万平方メートルある。1988年、1991年、1994年から1998年にかけて、7回にわたって子持村教委が発掘調査した。縄文時代前期、中期、弥生時代後期、古墳時代前期、後期、平安時代の遺構が見つかった。中心は古墳時代後期の遺構である。この遺跡での特色は榛名山の火山爆発を受け、家屋ならびに古代地表面がそっくり残され、住まいと耕地、墓域が一体となって見つかった点にある。4世紀代は竪穴住居2と古墳2を調査した。古墳は長方形の墳丘古墳で、埋葬施設は割竹形木棺と箱形木棺がある。出土遺物はなく、詳細な時期区分は分からない。6世紀中ごろの遺構は榛名山の火山爆発に伴って軽石で埋没している。災害時に存在した建物は竪穴住居1と垣に囲まれた平地式の家屋群1である。平地式建物には家畜小屋3、住居3、作業小屋(円形2)、高床式倉庫1がある。周辺には道、畠、樹木、窪地となった竪穴住居が散在する。古墳は5世紀後半のもの1基と6世紀中ごろのもの1基を調査した。6世紀中ごろの古墳は横穴式石室で、直刀、ガラス玉などが出土している。出土遺物は子持村教委に保管されている。〈石井克己〉 |