田尻遺跡(たじりいせき)

  勢多郡北橘村八崎字田尻にある。利根川の第2河岸段丘上に位置し、標高は180メートルである。1995年に県道拡幅工事に伴って県教委と北橘村教委が発掘調査した。60平方メートルの調査面積で弥生時代後期の竪穴住居3棟が見つかった。全体の60%を調査した1号住居は焼失住居であり、焼けて炭になった構造部材が床とすぐ上の埋土中に多く残っていた。この炭化物層の直上や床からおびただしい量の土器が出土した。また、北西部の炭化物層直上から鉄剣が横に置かれた状態で出土した。鉄剣は全長16.6センチメートル、幅2.6センチメートルの小ぶりのもので、鎬や目釘穴が明瞭に分かるほど完全な形であった。土器は弥生時代後期の樽式土器が16個体出土した。器種は、台付甕、甕、壷、大型壷、片口、甑、鉢などである。また、胴部片のみの資料だが茨城県地方の十王台式土器が出土している。この型式の土器は沼田市や甘楽町でも出土しており興味ある資料である。鉄剣は渋川市有馬遺跡から8、同市空沢遺跡1、沼田市石墨遺跡2、高崎市八幡遺跡1、富岡市押出遺跡1(槍)、中之条町伊勢町遺跡群天神遺跡、川端遺跡からそれぞれ1が出土している。また、高崎市新保遺跡から鉄剣に装着された鹿角製の柄が見つかっている。これらの遺跡はいずれも樽式土器を伴出し、これと関係の深い箱清水式土器を使う長野県に鉄器出土例の多いことが重要な点として指摘される。この鉄剣をX線CTスキャナーで分析したところ、錆に覆われた内部に金属鉄が良好に残っていることが判明した。出土遺物は北橘村教委に保管されている。〈長谷川福次〉

[文献]
◇『群馬発掘最前線』 県立歴史博物館 1996

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