| 田篠中原遺跡(たじのなかはらいせき) |
| 富岡市田篠にあり、鏑川の支流雄川によって形成された扇状地のほぼ扇央部に位置する。1986年から1987年にかけて上信越自動車道の建設に伴って県埋文事業団が発掘調査した。調査面積は約1万5800平方メートルで、縄文時代中期の集落が見つかった。発見された遺構は、環状列石1、敷石住居11、竪穴住居2、配石遺構36、屋外埋設土器12、土坑2、そして土器などの廃棄場所1カ所である。
環状列石は直径約38メートルで、集落の広場に構築されている。内側から高さ78センチメートルの立石が見つかったが、これは秋田県大湯環状列石に見られる日時計型配石の原型を思わせる。環状列石を囲うように敷石住居が見つかった。敷石住居には円形の平面形のものと、柄鏡形のものの2種が認められたが、これは時期差によるものと考えられる。集落規模は東西約280メートル、南北約200メートルに及んだ。環状列石の下部や列石内部を掘り下げる調査も実施されたが、墓と考えられる土坑は列石下部から1基、内部から1基にとどまった。まとまった土坑群は環状列石の外から見つかっている。このため、列石の用途は、墓地を構成する遺構であるよりも、集落の祭祀を執り行う遺構であった可能性が高いことになる。 敷石住居から見つかった埋甕6個体と屋外埋設土器4基、そして土坑7基について脂肪酸分析が実施された。その結果、高等動物の胎盤由来の遺物が確認された埋甕3、動物遺体の埋葬用埋甕2、動物性脂肪を検出できなかった埋甕1となった。屋外埋設土器の分析結果では、3個体に高等動物の胎盤由来の遺物が収納されていた。また、7基の土坑のうち4基には動物遺体の埋葬、2基の土坑は再葬墓の可能性が指摘された。埋甕や屋外埋設土器内部から胎盤由来の脂肪酸が検出されたことは、縄文時代の埋甕の用途を特定した大きな成果であった。しかし、脂肪酸分析法の問題点も指摘されており、分析結果と考古学成果とをさらに検証していくことが必要である。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈菊池実〉 |
| [文献] ◇『田篠中原遺跡』 県埋文事業団 1990 ◇菊池実「脂肪酸分析と考古学的成果」『考古学ジャーナル』386 1995 |