| 多胡碑(たごひ) |
| 多野郡吉井町池字御門にあり、鏑川右岸の下位段丘面に立地する。和銅4(711)年の多胡郡設置を記念して建立されたと一般に理解されている。碑身と笠石、台石からなり、現状では調査不能の台石部分を除き、高さ約150センチメートル、碑身幅約60センチメートルの大きさである。形態的には内外の同時期の古碑に類例が認められる。碑石には近隣より産出する牛伏砂岩を使用しており、素材がもろい割には保存状態がよい。このことは、その原形が『神道集』にも見える「羊太夫」伝説に関する地域の信仰に関係して、早くから尊崇の対象であったことによるのであろう。この碑があることはかなり古くより知られており、多くの文人、墨客が現地を訪れている。釈文は必ずしも固定しているわけではないが、多胡碑が地域から自然発生的に成立したのではないという前提に基づいて復元的に示せば次のようになる。
弁官符す(上野国司) (応に上野国多胡郡を設置すべき事) 上野國の片岡郡、緑野郡、甘/良郡ならびに三郡内の/三百戸を郡と成し給い(羊)多胡郡と成せ |