| 多胡蛇黒遺跡(たごじゃぐろいせき) |
| 多野郡吉井町多胡字蛇黒にあり、鏑川の河岸段丘の一つである多胡段丘上に立地する。東側には古代の大集落遺跡である矢田遺跡がある。1988年から1989年、1990年から1991年の2度にわたって、上信越自動車道に伴って県埋文事業団が発掘調査した。古墳時代後期から平安時代にわたる集落遺跡で、発見された竪穴住居は古墳時代後期69、奈良時代50、平安時代44である。奈良時代、平安時代の竪穴住居から、滑石製の数多くの紡錘車とその未成品、そして紡錘車を製作した際に生じた大量の剥片が出土したことから、紡錘車の製作と調庸布の生産に密接に関連していた集落の遺跡と考えられる。平安時代初期(9世紀前半)の住居からは「甘」と墨書された須恵器坏が出土した。この坏には上塗りに適したくろめ漆を保存するための蓋として使われた漆紙が付着していた。漆の付着状況から、この坏自体がくろめ漆を入れた容器に使われた可能性は薄く、別の容器の蓋として使ったものをこの坏の中に捨てたものと考えられる。いずれにしても、繊細な漆塗り作業が行われていたことが分かる。旧石器時代の石器や縄文時代の土坑、近世の溝なども見つかっている。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈関口博幸〉 |
| [文献] ◇『多胡蛇黒遺跡』 県埋文事業団 1993 |