竹沼遺跡(たけぬまいせき)

  藤岡市西平井字島、緑埜字久保ほかにあり、鮎川左岸の丘陵裾部の台地上に立地する。1977年から1978年にかけて、土地改良事業に伴って藤岡市教委が発掘調査した。旧石器時代の石器3点、縄文時代中期の竪穴住居3、土坑5、古墳時代前期の赤井戸式土器を出土した竪穴住居1、古墳時代後期の竪穴住居17(このうち9棟は玉造工房)が見つかった。縄文時代の遺物は、中期中葉の勝坂式期後半から加曽利E1式期にかけてのものである。全体的には、加曽利E式土器の分布圏にあるが、加曽利E1式土器に、勝坂式の特徴を残したものが見られた。弥生時代後期から古墳時代前期にかけての遺物は、赤井戸式土器であるが、一部に五領式並行期の古式土師器が認められた。遺跡の立地から、埼玉県の北武蔵地方を中心に分布する吉ケ谷式土器の分布圏との関係も注目される。古墳時代後期の滑石製模造品の製作工房(玉造工房)は、6棟と3棟とのまとまりに2分される。滑石製模造品の紡錘車については、原石から粗割り、形割り、仕上げ段階での未成品が出土し、その製作工程の全容が分かる。そのほかに、棗玉、臼玉、有孔円板、剣形品の未成品が多量に出土した。この地域に滑石製模造品を製作するる専業集団が存在していたものと考えられ、他地域との交流が注目される。出土遺物は藤岡市教委に保管されている。〈丸山治雄〉

[文献]
◇『F1竹沼遺跡』 藤岡市教委 1978
◇『藤岡市史』資料編 1993

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