内匠日向周地遺跡(たくみひなたしゅうちいせき)

  富岡市内匠字日向周地にあり、鏑川の右岸にある東西に長い丘陵を分断する小支谷の谷頭部に立地する。1990年に上信越自動車道建設に伴って県埋文事業団が発掘調査した。丘陵上では同事業に伴って、ほかに内匠上之宿遺跡、内匠諏訪前遺跡、内匠日影周地遺跡、下高瀬上之原遺跡、下高瀬寺山遺跡などの遺跡が調査されている。縄文時代早期と前期の土坑、古墳時代から平安時代にかけての竪穴住居8、水田2(中世、As-B下)、多量の木製品が出土した谷津状遺構、ほかに溝、井戸などが見つかっている。縄文時代は、住居は見つかっていないが、押型文土器が16点出土している。古墳時代前期の竪穴住居からは、S字状口縁をもち箆削り調整を施した台付甕が出土している。前期でも末のものである。この時期の住居は、丘陵上ではほかに見つかっていない。また、As-B下から水田が見つかっている。その下層は、西から東に向かって開析された谷になっており、底部から、鍬や曲物などの多量の木製品が出土しており、木簡も3点出土している。そのうちの2点には、「…奉龍王」と記されており、水神である龍王に対する祭祀にかかわる呪符木簡と考えられる。出土位置が谷頭部に位置することや、後に水田になっていることなどから、谷地開発に伴う重要な祭祀行為の一端を伝えるものと考えられ、貴重な資料となっている。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈新井仁〉

[文献]
◇『内匠日向周地遺跡 下高瀬寺山遺跡 下高瀬前田遺跡』 県埋文事業団 1995

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