内匠諏訪前遺跡(たくみすわまえいせき)

  富岡市内匠字諏訪前にあり、鏑川右岸の通称「離れ山」と呼ばれる丘陵上に立地する。1988年と1990年に上信越自動車道建設に伴って県埋文事業団が発掘調査した。縄文時代前期の竪穴住居4、古墳時代後期の竪穴住居10および江戸時代の屋敷などが見つかっている。縄文時代の竪穴住居は前期黒浜式期2、諸磯a式期1、諸磯b式期1である。江戸時代の屋敷は、As-Aに覆われた屋敷(2号屋敷)と、斜面に堆積した同じAs-Aの上に土盛りして敷地造成を行った屋敷(1号屋敷)の2カ所が見つかっている。2号屋敷は火災に遭っており、焼け落ちた土壁の一部や焼けただれた陶磁器などが出土した。この屋敷地内は雨落溝がめぐり、屋敷に伴う井戸や厠などの施設が見つかっている。1号屋敷は2号屋敷の東側で見つかったが、2号屋敷に比べると屋敷地の広さが約6倍もあり、桶を埋設したと思われる土坑が多数見つかっている。2号屋敷は1800年代前半からAs-Aが降下する1783年直前まで、1号屋敷は1783年直後から1800年代前半までの期間あったことが、軽石や出土した陶磁器の分析などから明らかになった。ほかに、旧石器時代のナイフ形石器が弥生時代中期の土坑に混入して出土している。谷を挟んで、東側が内匠上之宿遺跡で西側が内匠日影周地遺跡である。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈木村收〉

[文献]
◇『内匠諏訪前遺跡 内匠日影周地遺跡』『内匠日向周地遺跡 下高瀬寺山遺跡 下高瀬前田遺跡』 1992・1995 県埋文事業団

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