| 高関村前遺跡(たかぜきむらまえいせき) |
| 高崎市高関町にあり、高崎駅の東方約1キロメートルのところにある東西に延びる微高地上に立地する。1993年から1994年にかけて、道路建設に伴って高崎市教委が発掘調査した。調査区の南では、弥生時代後期と推定される竪穴住居8、幅3.4メートルから4.8メートル、深さ0.55メートルから0.8メートルで、8世紀の土師器の出土する水路、中世の洪水に埋没した大型水路、中・近世と考えられる掘立柱建物33、井戸8などが見つかった。調査区の中央では9世紀ごろの洪水層の下で畠と5世紀から6世紀の竪穴住居10、掘立柱建物10が見つかった。また、調査区の北では7世紀ごろの洪水に埋もれた畠が見つかっている。この畠は小規模な水路が東西方向に走るが、いずれも後の洪水砂により埋もれている。また、この畠の下層にも古墳時代と推定される畠があった。なお、この下層の畠の北隅には風よけとみられる柵列がある。畠より確実に新しい溝SD32がある。この溝からは多量の土師器坏、甕、鉢と須恵器短頚壷などが出土しており祭祀的色彩が濃い。調査区の最も北側では、As-B下の水田、下部は古代の掘立柱建物5、倒木痕2がある。なお、調査区全体で弘仁9(818)年の地震による噴砂が5カ所ほど確認された。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈関口修〉 |
| [文献] ◇『高関村前遺跡』『高関村前II遺跡 ◇高関東沖・村前遺跡』 高崎市教委 1993・1995 |