高関東沖遺跡(たかぜきひがしおきいせき)

  高崎市高関町にあり、東西に延びる微高地の北縁部に立地している。南には弥生時代中期後半の環濠が見つかった高関堰村遺跡がある。1994年に都市計画道路建設に伴って高崎市教委が発掘調査した。調査の結果、弥生時代や、古墳時代の竪穴住居が見つかった。31号住居は南北に長い隅丸長方形で、南北4.5メートル、東西は少なくとも2.8メートル以上はある。柱穴は3個で、その西に炉があった。床面は湧水のためもあろうが、軟弱であった。住居の壁や床などに焼けた痕跡はない。出土遺物には小型台付甕、壷などがある。小型甕は口唇部に刻み目、頚部および胴上部に波状文がめぐる。壷は、内外面ともハケ目調整である。これらの土器はその特徴から、弥生時代中期後葉に位置づけられる。南に隣接する高関堰村遺跡の環濠からも同時代中期後半の土器が出土しており、31号住居は同遺跡と同じ環濠の中にある竪穴住居の可能性が高い。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈関口修〉

[文献]
◇『高関村前II遺跡
◇高関東沖・村前遺跡』 高崎市教委 1995

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