| 高尾経塚(たかおきょうづか) |
| 富岡市上高尾字西日向にある。1935年ごろに尾根筋の頂部で発見されたが詳細は不明である。経筒外容器と経筒が残っている。外容器は砂岩製で、高さ29センチメートルの直方体に近い形状で、身外面には「乙酉 大永五(1525)年□白 二月□日」の銘が刻まれている。経筒は銅板製で、蓋は被蓋式盛蓋、身は4カ所を鋲で留めた円筒形である。蓋を被せた状態で口径9.8センチメートル、高さ16.4センチメートルである。外面には、縦4行にわたって「十羅刹女 上野甘楽郡高尾村 (梵字)奉納頓寫如法經六十六部之内 三十番神 法願寺法印叡● 大永五天乙酉今月吉日敬白」の銘が線刻されている。経筒銘文中の「法願寺」は安中市と富岡市の境付近の山腹に現在もある。出土遺物は県立歴史博物館に保管されている。〈大西雅広〉 |
| [文献] ◇池田秀夫「経筒」『教育群馬』114 1965 ◇津金澤吉茂「群馬の経塚と県外にもたらされた経筒」『群馬県史研究』35 1992 |
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