| 多比良古墳(たいらこふん) |
| 多野郡吉井町多比良字諏訪前にある。土合川と矢田川に挟まれた台地上に立地する。墳丘は1940年ごろに削平されてしまい、現在では、横穴式石室の石組のみが露出している。『上毛古墳綜覧』では入野村第53号墳にあたる。1953年に群馬大学が石室の調査を行っている。墳形は円墳であり、規模は直径約11メートルから12メートルである。外部施設については不明である。埋葬施設は切石を用いた横穴式両袖型石室で、石室の規模は、全長5.53メートル(羨道長2.87メートル、玄室長2.65メートル:右壁計測値)である。各部位の計測値の比から、構築にあたっては1尺を35センチメートルとする高麗尺の使用が推定されている。石室石材のほとんどに牛伏砂岩を用いている。前庭は分からない。羨門、玄門があり、特に羨門は精緻な造りである。羨門部の石材加工は柔らかな膨らみを持たせた仕上げが特徴であり、多胡薬師塚古墳や多胡碑の技法との共通性が指摘されている。玄室および羨道の床面の状況は不明で、出土遺物も不明である。周辺からの埴輪の採取もない。古墳の築造時期は石室構造の特徴から7世紀後半と考えられる。なお、石室は現状保存されている。〈深沢敦仁〉 |
| [文献] ◇『群馬県史』資料編3 1981 ◇右島和夫ほか「牛伏砂岩使用古墳の研究(1)」『研究紀要』7 県埋文事業団 1990 ◇『群馬県の史跡 古墳編』 県教委 1995 |