| 下高田虻田遺跡(しもたかだあぶたいせき) |
| 甘楽郡妙義町下高田の、東西に連なる丹生丘陵の中央東付近、標高216メートルの北向斜面裾部にある。町誌編さんに伴い、1988年7月から9月にかけて発掘調査を実施した。調査地はわずかに整地され、一角に大小2基の宝篋印塔と板碑の破片などが見つかった。この背後には段状の平坦面を持つ小規模の谷状地があり、そこには井戸状の窪みもあり、五輪塔状の石材も散在していた。調査の対象とした大きい方の宝篋印塔は、1辺が約1メートルの長方形縁辺に円礫を貼り付けた基壇状の区画内のほぼ中央に、相輪は失っていたものの基礎、塔身、笠が組み合わさったままの状態で据えられていた。塔を順次解体し、基礎部を取り除くとその下部は大きく穿たれ、あたかも骨蔵器の蓋のような状態で、真下からは灰釉四耳壷を転用した骨蔵器が胴上部を剥きだしの状態ですり鉢状の土坑に据えられていた。また、塔の真横からは板碑を建てたと考えられる土坑を確認することもできた。この中世古墓は、周辺の状況などから、谷津地形を利用した小規模寺院の一角に位置している可能性も想定できた。骨蔵器の灰釉四耳壷は1200年代の所産であるが、墓は、宝篋印塔ならびに板碑の年代観から1300年代の第2四半期から第3四半期にかけて営まれたものと考えられる。調査で出土した灰釉四耳壷は妙義町教委で保管し、宝篋印塔は人骨とともに元の場所に戻してある。〈津金澤吉茂〉 |
| [文献] ◇『群馬県妙義町中世虻田遺跡発掘調査報告書』 妙義町 1989 |