下高瀬寺山遺跡(しもたかせてらやまいせき)

  富岡市下高瀬字寺山にあり、鏑川右岸の東西に長い丘陵上に立地する。1988年から1989年にかけて、上信越自動車道の建設に伴って県埋文事業団が発掘調査した。この丘陵上には、内匠上之宿遺跡、内匠諏訪前遺跡、内匠日影周地遺跡、内匠日向周地遺跡、下高瀬上之原遺跡などの遺跡もある。本遺跡では旧石器時代から縄文時代草創期の石器、縄文時代前期の竪穴住居、土坑、遺物を多量に出土した谷、弥生時代後期の竪穴住居、奈良時代の竪穴住居などが見つかった。旧石器時代から縄文時代草創期の遺物は、尖頭器4、細石刃3、石核1、剥片2が出土しているが、居住の痕跡が見られないため、集落ではなく狩猟地などに利用されていたと考えられる。縄文時代の竪穴住居は7棟見つかっているが、いずれも前期後半の諸磯b式期のものである。この時期の住居は、丘陵上のほかの遺跡では、竪穴住居1棟が見つかっただけであるため、居住の中心がこの遺跡にあったことが分かる。7棟の竪穴住居は楕円形に分布しており、中心部分にはない。重複したり、近接して建てられている住居が多いため、1時期に存在したのは3棟程度と考えられ、調査区外の遺跡の広がりを考えても、非常に小規模な集落であったことがうかがえる。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈新井仁〉

[文献]
◇『内匠日向周地遺跡・下高瀬寺山遺跡・下高瀬前田遺跡』 県埋文事業団 1995

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