下田遺跡(しもだいせき)

  新田郡新田町木崎字下田にあり、木崎台地の南端部から沖積地に立地している。1989年から1990年に工場建設に伴って新田町教委が発掘調査した。調査範囲は7000平方メートルで、縄文時代の河道と古墳時代の河道が見つかり、低湿地という特殊性によって、台地上の集落遺跡では残らないさまざまな遺物が出土している。縄文時代の河道(2号河道)は上幅14メートルから22メートルで、河道中には2カ所の杭列があり、この下層からは縄文時代中期後半から後期前半の土器とともに漆器や石斧柄、櫂状品などの木製品が出土している。

 漆器は木胎漆器3点と籃胎漆器1点で、木胎漆器2点は扁平な片口の付いた烏帽子状のものと、X字状の把手付きというこの時代の土器には見られない特異な形状である。また籃胎漆器は櫛の破片と推定される。石斧柄は幹と枝の部分を加工した膝柄で、磨製石斧の柄と考えられる。櫂状木製品は3点でいずれも長さ90センチメートル前後であり、未成品、舟を漕ぐ櫂、土を掘る掘り棒と考えられる。土器は出土量は多いが完形品は少ない。おこげがべったりと付着している状態の深鉢が多く出土しており、内面に球根状のおこげが付着した土器片も見られる。これらは土器が実際に使用された時の姿を推測させるものであり、当時の食材が何であったかを具体的に知る手がかりを与えてくれる。また浅鉢や有孔鍔付土器には黒漆と赤漆によって文様が描かれたものも多く、台地上の縄文時代の集落に見られる土器と様相が異なっている。これによって、従来無文土器とされてきた浅鉢などの多くには鮮やかな文様があり、これが剥落したと考える必要が生じたといえよう。

 これらのほかに自然遺物も多く、クルミ、トチなどの木の実やサルノコシカケ、木の葉などが出土しており、縄文時代の食物や自然環境を探る上での貴重な資料となった。また、古墳時代の遺構、遺物として、河道(1号溝)中に構築された2カ所の井堰や5世紀後半にさかのぼる木製の鞍、鋤、梯子などが注目される。出土遺物は新田町教委に保管されている。〈小宮俊久〉

[文献]
◇『下田遺跡』 新田町教委 1994
◇小宮俊久「下田遺跡出土の木製品」『考古学雑誌』80-2 1995

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