下宿東遺跡(しもじゅくひがしいせき)

  安中市中野谷字下宿東にある。中野谷地区遺跡群の一つで、猫沢川に面した舌状台地に位置する。縄文前期(関山式から諸磯b式)、中期末から後期前葉(加曽利E4式から堀之内1式)、古墳時代中期の集落遺跡と、奈良・平安時代の「牧」関連遺跡である。1990年から1991年にかけて、土地改良に伴って安中市教委が発掘調査した。縄文時代では諸磯b式(新)期の竪穴住居が9棟と最も多い。中野谷松原遺跡直後の集落であり、集落の移動と変遷を考える上で重要な遺跡である。また、後期前葉の敷石住居2棟は遺存状態が良好であった。張出部から石囲炉にかけて敷石がていねいに施されており、この時期の敷石住居の典型例である。古墳時代前期から中期では竪穴住居が14棟見つかった。耕作による攪乱が激しく、土器も破砕された状態のものが多いため、全体像の把握は困難である。横野台地内部へ進出して形成された最初の本格的農耕集落の一つである。奈良・平安時代の牧関連施設としては、クランク状に台地先端部を区画する大溝が見つかっている。牧の狩り込め施設の遺構と推定される。出土遺物は安中市教委に保管されている。〈大工原豊〉

[文献]
◇『中野谷地区遺跡群発掘調査概報』4 安中市教委 1993

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