| 下尻高遺跡(しもしったかいせき) |
| 吾妻郡中之条町平字下尻高にあり、名知良久山の北麓で緩やかな傾斜地に立地し、標高は370メートルから380メートルである。平遺跡群中の一遺跡である。1988年に土地改良事業に伴って中之条町教委が道路部分を中心に発掘調査した。調査の結果、弥生時代後期、古墳時代前期、古墳時代後期の竪穴住居が2棟ずつ、奈良・平安時代の竪穴住居7棟、掘立柱建物、溝、土坑などが見つかった。住居をすべて調査したのは2棟のみで、ほかは部分的な調査にとどまった。古墳時代後期の2号住居は竈煙道部の石組が完全な形で残っていた。幅50センチメートル、長さ1.70メートルで、自然礫を用い奥壁は4段、側壁は3段に積み、天井部に扁平な角礫を5枚並べる。側壁は小児頭より大きい亜円礫を据え、2、3段目は扁平な角礫をわずかに内側にせり出して乗せる。類例は中之条町宝満寺A遺跡、吾妻町姉山の石組かまど(県指定史跡)などが知られている。平安時代の1号住居は住居全体に焼土が厚く堆積し、焼土上に白色灰化したカヤと思われる植物材と、焼土下に炭化したカヤ材、垂木が残るサンドイッチ構造を確認したため土屋根と認定した。同時期の土屋根は渋川市空沢遺跡で確認されている。出土遺物は中之条町教委に保管されている。〈長谷川福次〉 |
| [文献] ◇『下尻高遺跡・菅田遺跡』 中之条町教委 1988 |