下境遺跡(しもざかいいせき)

  前橋市荒子町字下境にあり、赤城山南麓の標高120メートル付近の台地上に立地している。1989年にほ場整備事業に伴って県教委が発掘調査した。竪穴住居99、古墳22、中世の墓地、寺院および環濠をめぐらせた館などが見つかった。竪穴住居はすべて古墳時代のもので、竈を持つ鬼高式期の4棟のほかは、石田川式期から和泉式期のものである。古墳はすべて横穴式石室を埋葬施設とするもので、前庭をもつものが多く見られる。また、埴輪の伴う古墳と伴わない古墳とがあることから、6世紀後半代から7世紀代にかけて築造されたものと考えられる。中世の墓地は7号古墳の前庭に築かれたもので、凝灰岩製の五輪塔群と板碑が出土した。板碑には康安2(1362)年と文和3(1354)年の銘のものがある。中世寺院、館はいずれも堀のみが見つかった。特に寺院の堀と思われるものは発掘区の西側にある「薬師様」と呼ばれる小堂を取り囲むような形で、墓地との関係を考える上で興味深い。出土遺物は県教委に保管されている。〈三浦茂三郎〉

[文献]
◇『下境I・天神』 県教委 1990

戻る