下新井遺跡(しもあらいいせき)

  北群馬郡榛東村新井にあり、相馬ヶ原扇状地が、急傾斜地から緩傾斜地に移行する標高250メートル前後のところに立地する。1988年に土地改良事業に伴って榛東村教委が発掘調査し、縄文時代後期から晩期の居住域と墓域とが一体となった集落であることが明らかにされた。調査区の中央で2群の配石遺構、その東方で竪穴住居1、敷石遺構、方形柱穴列、さらに配石遺構の西方では窪地を隔てて4棟の竪穴住居が見つかった。竪穴住居は南北6.4メートル、東西5.5メートルの方形で、南壁中央部に入口を設け、住居外には出入口と思われる張り出しも造られている。配石遺構は東西2群に分かれていて、西側の6基は、石棺状の石組をもち、少量ではあるが骨粉も出土していることなどから、配石墓と考えられる。また、西側配石群東方の溝状の落ち込みは、東西配石群を区画するために掘り込まれた可能性が強い。出土した土器はほとんどが破片で、加曽利BI式期から安行IIIa式期にかけてほぼ連続している。このほか土製耳飾113、土偶12、石棒10なども出土した。また平安時代の竪穴住居1、土坑3も調査されている。出土遺物は榛東村教委に保管されている。〈新藤彰〉

[文献]
◇『新井第II地区遺跡群発掘調査概報』 榛東村教委 1985

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