柴崎蟹沢古墳(しばさきかにさわこふん)

  高崎市柴崎町字蟹沢にあった。『上毛古墳綜覧』の大類村第18号墳にあたる。明治42年ごろに平夷され、現存しない。古墳は、井野川左岸の洪積台地上の平坦面に立地していた。すでに消滅のため、墳丘および埋葬施設の構造などの詳細については不明である。1928年の森本六爾の報告によると、墳形は円墳であり、規模は直径約10メートルから12メートルである。葺石や埴輪は確認されていない。埋葬施設は粘土槨で、長さは約2.7メートルある。出土遺物には三角縁四神四獣鏡2、内行花文鏡2、鉄斧2、鉄槍1、および土師器片がある。三角縁四神四獣鏡の1面は中国三国時代魏の年号である「正始元年」(240年)の銘が記されている。在紀年銘の三角縁神獣鏡の出土例は極めて少なく、極めて重要な資料である。土師器片は出土状況が不明であるが、器種には複合口縁壷とS字状口縁台付甕がある。古墳の築造年代は、出土遺物から考えると、4世紀後半と考えられる。出土遺物は東京国立博物館に保管されている。〈深沢敦仁〉

[文献]
◇森本六爾「上野に於ける□始元年鏡出土古墳」『考古學研究』2-4 1928
◇相川龍雄「□始元年鏡と出土古墳に就いて」『上毛及び上毛人』253 1938
◇『群馬県史』資料編3 1981
◇『東京国立博物館図版目録』古墳遺物篇(関東II) 東京国立博物館 1983

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