柴崎遺跡群(しばさきいせきぐん)

  高崎市柴崎町にある。1983年以降、柴崎地区土地改良事業に伴い高崎市教委が5カ年にわたって発掘調査した遺跡の総称である。対象地区は、富士塚、村間を東端とし、西沖、柳原を西端、旭、吹手、峰岸を北辺とする50haである。遺跡は井野川下流域右岸の前橋台地上に形成された河岸段丘上位面に立地し、おおむね二つの地形と土地利用の形態を示す。すなわち、北側の微高地縁辺の集落と南側低台地の水田である。集落は、河川改修後の現白川と国道354号に挟まれた一帯で、特に字旭地区を中心に古墳、奈良・平安時代の竪穴住居を多数調査している。また、館あるいは屋敷の可能性が推定される方形の区画をもつ堀もあり、隼人地区からは現存する堀や地割りなどから推定されていた柴崎隼人屋敷の東側の1辺かまたはそれに付随すると考えられる堀が見つかっている。国道の南側は、往還堀の南に東西に展開する低台地で、As-Bに覆われた平安時代の水田がある。水田は条里制の影響を残すと考えられるもので、方格地割りを示す基準畦(坪境畦)の列が南北畦7列、東西畦6列ある。これに接する坪の数は33にのぼる。本遺跡群における1町の単位は、109メートルから110メートルである。また、東原地区(E区)では、同じ水田土壌内から布目瓦、土師器、須恵器坏、碗、羽釜などが出土している。水田造成過程を考察する上での貴重な資料である。出土遺物は高崎市教委に保管されている。〈久保泰博〉

[文献]
◇『柴崎遺跡群』I〜V 高崎市教委 1984〜1989

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