塩之入城(しおのいりじょう)

  富岡市野上にあり、1988年に上信越自動車道建設に伴い県埋文事業団が発掘調査した。遺跡は、東へ流下する鏑川と神農原の集落、国道254号を北側に見下ろし、南側は連なる山並みに囲まれた、北側集落との比高130メートル、標高は320メートルの山頂部に位置していた。城は、北側と西側を急峻な山地形を利用し、北西部の最高所に主郭を置き、西側に土塁を、また南西角には一抱えほどの角礫を桝形に配置した虎口と、ここに至る階段が設けられていた。城の遺構には、主郭のほかに傾斜面を削り込んだ腰曲輪を東側に3段、南側には、調査区外も含め複数の曲輪を不規則な雛壇状に配置していた。各曲輪とも建物、柵などの構造物は確認できず、主郭の一角に狼煙台施設とも考えられる木炭を含む土坑が1基見つかったのみである。本城は、その立地から周辺の二ツ山、岩染、浅香入、西平、茶臼山の砦とともに南北朝期の、野上の藤田城の守りの城と考えられている。出土品は県埋文センターに保管されている。〈津金澤吉茂〉

[文献]
◇『野上塩之入遺跡 塩之入城遺跡』 県埋文事業団 1991
◇山崎一 『群馬県古城塁址の研究』 上・下 1971・1972

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