笹遺跡(ささいせき)

  甘楽郡甘楽町小川、笹にある。鏑川中流域の右岸に発達した河岸段丘上に立地している。現在の甘楽町立第一中学校校庭にあたる。1962年に県立博物館が甘楽町教委と共同で、2次にわたって発掘調査した。弥生時代後期から古墳時代後期までの竪穴住居14棟が見つかり、その中に同時期の滑石製品工房を含んでいる。近隣には、東日本でも有数の蛇紋岩や滑石の産出地帯である「三波川帯」があり、原料供給地を間近に控え、継続的に滑石製品製作を行っていたことが分かる。弥生時代後期(樽式期)に位置づけられる第VI-I号住居は、7.8メートル×6.4メートルの隅丸方形の平面形である。工房関連遺物が豊富に出土した。砥石(砂岩、花崗質砂岩、緑泥片岩)、磨製石鏃(粘板岩)の製品と未成品、勾玉(蝋石製、滑石製)の製品と未成品、紡錘車(滑石)、臼玉(滑石)などである。勾玉の未成品があることから、勾玉製作工房であった可能性が考えられる。5世紀中ごろに位置づけられる第VI-II号住居は5.9メートル×5.2メートルの方形の平面形で、北壁に竈を持つ。この竪穴住居も、工房関連遺物を豊富に出土した。砥石(泥岩、砂岩)、剣形模造品(滑石)の製品と未成品、勾玉(滑石)の未成品、臼玉(滑石)、紡錘車(滑石)、切削屑などである。中でも、砥石は種類が豊富であり、荒砥、中砥、仕上砥など製作段階別の砥石があった。5世紀中ごろのものと位置づけられることから、関東地方における滑石製品製作を主体とする工房としては初現的なものの一つと考えられる。6世紀前半に位置づけられる第II号住居は4.3メートル×3.8メートルの方形の平面形で、北壁に竈を持つ。工房関連遺物としては、敲石状石製品(緑泥片岩、チャート)、砥石(花崗質砂岩、砂岩)、白色粘土、臼玉(滑石)の破片などがある。6世紀前半と位置づけられることから、関東地方における滑石製品製作工房として、終末段階のものの一つと考えられる。出土遺物は県立歴史博物館に保管されている。〈深沢敦仁〉

[文献]
◇『笹遺跡』 県立博物館 1963・1966
◇『群馬県史』資料編2 1986

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