| 坂詰遺跡(さかつめいせき) |
| 富岡市田篠字坂詰にある。鏑川南岸の下位段丘面はその支流の雄川の浸食を受けてさらに小規模な河岸段丘地形を形成しており、遺跡はこの小段丘面上に立地する。1987年から1988年にかけて、市道建設に伴って富岡市教委が一部を発掘調査した。縄文時代前期から後期の遺物包含層、後期の土坑1、古墳時代後期から平安時代の竪穴住居9、掘立柱建物1、中世の掘立柱建物1、井戸1、溝5、墓坑29などが見つかった。ほかに奈良時代の遺物集中区が見つかり、一種の火葬墓である可能性が考えられる。縄文時代後期の土坑では多量の炭化物の混入が見られ、石皿、凹石などとともに注口土器や深鉢が破砕された状況で出土しており、祭祀にかかわる遺構と考えられる。この時期の集落は東方の1段上位の段丘上にあるものとみられる。出土遺物は富岡市教委に保管されている。〈井上太〉 |
| [文献] ◇『新井・坂詰遺跡』 富岡市教委 1990 |