| 坂上遺跡(さかがみいせき) |
| 勢多郡富士見村石井字坂上にあり、赤城山南西麓の東西を谷地に挟まれた広大な台地上に立地している。1994年に工業団地造成に伴って富士見村教委が発掘調査した。縄文時代は竪穴住居1、竪穴状遺構4、集石遺構5などで、出土した遺物から早期から中期と思われるが、集中して見つかった前期後半の土坑群以外の遺構の帰属時期はほとんど分からない。早期は押型文土器や条痕文土器が出土しており、前期後半では結節浮線文の深鉢がある。また、出土遺物がないため明瞭な時期は不明であるが、約4万平方メートルに及ぶ調査区域のほぼ全面にわたって、溝と柵列によって区画された遺構が見つかっている。区画の内部には土坑を除くとほかに遺構は認められず、北東隅と南側中央部には入口施設が設けられている。遺構の性格は明確ではないが、馬などの放牧施設、いわゆる「牧」の可能性も考えられる。また、溝の中で見つかった火山灰の分析によれば古墳時代に構築された可能性もある。なお、遺構に伴わないが、弥生時代、古墳時代、平安時代の土器も少量ながら出土している。出土遺物は富士見村教委に保管されている。〈羽鳥政彦〉 |
| [文献] ◇『坂上遺跡』 富士見村教委 1995 |