| 川内遺跡(かわうちいせき) |
| 多野郡吉井町川内にあり、鏑川右岸の上位段丘面上に立地する。1981年に吉井中央中学校建設に伴って吉井町教委が発掘調査した。弥生時代の竪穴住居20と方形周溝墓4、奈良・平安時代の竪穴住居40が見つかった。弥生時代の竪穴住居からは後期の樽式土器が出土し、壷、甕、台付甕、高坏、鉢などの器種が見られる。方形周溝墓は1号墓と2号墓が東西に並列するが、3号墓と4号墓はやや離れた位置にある。盛土の有無や埋葬施設の構造は後世の削平のため不明だが、4基とも周溝の四隅が途切れる陸橋部をもつ形態のものである。最大の2号墓が1辺約12メートルの規模である。遺物は2号墓溝底から樽式土器甕、高坏、3号墓溝底から同じく甕が出土した。弥生時代の竪穴住居を切って周溝墓が造られているが、出土土器からは竪穴住居とあまり時期を隔てずに造られたものと考えられる。奈良・平安時代の竪穴住居は東壁に竈をもつものが主体で、土器は土師器坏、長胴甕、羽釜、甑、須恵器坏、碗、蓋などの器種が見られる。硯や墨書土器も出土した。出土遺物は吉井町教委、吉井町郷土資料館、吉井中央中学校に保管されている。〈茂木由行〉 |
| [文献] ◇『川内遺跡発掘調査報告書』 吉井町教委 1982 |