茅野遺跡(かやのいせき)

  北群馬郡榛東村長岡にあり、榛名山の外輪山の一つである相馬山の東南麓に立地する。1989年から1990年にかけて、ほ場整備事業に伴って榛東村教委が発掘調査した。Hr-FAの堆積によって後世の攪乱を免れ、保存状態の良好な縄文時代の竪穴住居や多数の土製耳飾、岩版などが出土した。竪穴住居、墓、水場などで構成される縄文時代後期後半から晩期前半にかけての大規模な集落である。縄文時代後期、晩期を主体とする竪穴住居41以上、配石墓7、配石土坑7、配石遺構11、埋設土器7、作業場遺構1などがある。遺物は、土器、石器が大量に出土しているが、注目されるのは577点の土製耳飾と200点を超す岩版である。土製耳飾は滑車形のものが多く、表面に赤や黒の彩色を施している。大きさも直径1センチメートル、重さ1グラムほどのものから、直径10センチメートル、重さ100グラムほどのものまでさまざまである。岩版は東北地方を原産地とする白色凝灰岩を板状に成形し、渦巻文や三角文などを片面あるいは両面に陰刻したもので、未完成のものや原石も多数出土している。このほか、受け部に灰を残したままの手燭形土製品、耳飾の装着を表現した土偶頭部、石棒、石剣など呪術にかかわる特殊な遺物が多い。竪穴住居と墓、湧水を利用する水場など縄文時代の集落の構成要素の全体像と各遺構の細部構造とを明らかにし、さらに岩版や耳飾を多量に出土していることなどから、当時の集団相互関係、物資の流通のあり方を考える上で貴重な資料を提供した。遺跡は1993年に国の史跡に、遺物(1950点)は1992年に国の重要文化財に指定された。出土遺物は榛東村耳飾り館に保管されている。〈新藤彰〉

[文献]
◇『縄文時代後・晩期集落 茅野遺跡概報』 榛東村教委 1991

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