上ノ久保遺跡(かみのくぼいせき)

  群馬郡倉渕村権田字上ノ久保にあり、榛名山西麓にあたる行前川に接した舌状台地上に立地する。現状は桑畑で標高590メートル程度である。1954年に山崎義雄によって発掘調査が行われた。壷形土器3、甕形土器3などが出土した。壷形土器は器面に縦方向の羽状の粗い条痕をほどこす東海地方の水神平式系土器とみられるものが2個、頚部から肩部の間に平行沈線文をめぐらした遠賀川式土器の技法をもつものが1個である。甕形土器は全面に条痕をつけたもの、箆描きの三角形をつないだ三角連繋文をつけたものおよび両者の手法を用いたもの合わせて3個である。ほかに土器破片数個と打製石斧が出土した。弥生文化の東進にあたり、北関東では最も早くもたらされた弥生土器ということができ、岩櫃山系のものより1時期早いものであるといえる。本遺跡は人為的に埋められ土器が数個まとまった状態で発見され、2個の土器には板石や土器片で蓋をしてあったことからも、墓と考えられる。出土土器は県立歴史博物館に展示されている。〈市川光一〉

[文献]
◇山崎義雄「群馬県上ノ久保弥生式遺跡調査報告」『考古学雑誌』44-3 1959
◇「水沼遺跡」『倉淵村誌』別冊 1975

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