上田篠古墳群(かみたじのこふんぐん)

  富岡市田篠字布和田、字原町、字諏訪平、字中平、字上平にかけて分布する。甘楽町から北流する鏑川の支流の雄川によって形成された扇状地上に立地しており、その分布状況から、鏑川の縁辺部に分布する布和田支群、原町から諏訪平にかけての原田篠支群、雄川の縁辺部に南北に分布する上田篠支群の3群に分けられる。全体として6世紀の末ごろから7世紀の末ごろにかけて形成された群集墳と考えられる。布和田支群は12基の古墳からなっており、この中には全長25メートルほどで埴輪を伴う前方後円墳が1基認められる。原田篠支群は10基の円墳が存在したようであるが、現在は4基が残るのみである。横穴式石室が開口し、埴輪を樹立する古墳が1基みられる。上田篠支群はかつては36基ほどの円墳があったようであるが、現在は14基のみが残る。1983年に工業団地造成などに伴って、上田篠1号古墳から5号古墳を富岡市教委が発掘調査した。1号古墳は直径14メートルと小型であったが、埴輪を少量伴っていた。2号古墳は直径18メートルで、直刀などが数点出土した。4号古墳は7世紀中ごろの築造で、5号古墳はすでに破壊されていて詳細は不明であった。1986年には上信越自動車道の建設に伴って県埋文事業団が田篠1号古墳、2号古墳、3号古墳を調査した。いずれも直径10メートルほどの円墳で、石室の状況や出土土器からみて7世紀中ごろ以降の築造になるものと考えられる。出土遺物は富岡市教委、県埋文センターに保管されている。〈井上太〉

[文献]
◇『上田篠古墳群』 富岡市教委 1984
◇『田篠上平遺跡』 県埋文事業団 1988

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