| 上大屋・樋越地区遺跡群(かみおおや・ひごしちくいせきぐん) |
| 勢多郡大胡町上大屋、樋越にある。荒砥川左岸に位置し、標高165メートルほどの台地上に立地する。1983年から1985年に、大胡バイパス建設に伴って大胡町教委が発掘調査した。縄文時代前期の竪穴住居12、土坑58、奈良時代から平安時代の竪穴住居1と生産関連遺構群などのほか、江戸時代の井戸や溝が見つかった。台地北縁で見つかった生産関連遺構群は、その字名をとって八ケ峰生産址遺構とされるもので、奈良時代の須恵器窯1と平安時代の製鉄址1、炭窯5からなる。製鉄址は大型の竪型炉で、後背部の作業場には炭置き場や砂鉄貯蔵の土坑が見つかっている。製鉄炉の操業回数を示す7枚の炉壁が確認され、炉の形が隅丸方形から円形へと変化する「入れ子」状であることが注目される。木炭は製鉄に不可欠で、膨大な量を必要とする。炭窯は窖窯形態で、長さ12メートル前後の長大なものである。須恵器窯は赤城山南麓の裾野地帯では初めての発見であった。窯体の長さ4.5メートルの小規模な地下式無階段登窯(窖窯)である。坏、蓋、高台付碗、短頚壷、広口壷、薬壷、横瓶、丸底壷、長頚壷などの須恵器が製作されている。単独の窯で、1回限りの操業であること、小規模な窯にもかかわらず多種多様な器種がそろっていることなどは、供給先が限定されていたことを示すものと考えられる。中でも本県に特有の器形である「上野型薬壷・蓋」と呼ばれる須恵器の画一性と一定量の存在は、官衙や寺院など、官的な供給先を想定させる。出土遺物は大胡町教委に保管されている。〈綿貫邦男〉 |
| [文献] ◇『上大屋・樋越地区遺跡群』大胡町教委 1986 |