| 鎌倉遺跡(かまくらいせき) |
| 沼田市岡谷町鎌倉にある。1980年に関越自動車道建設に伴って県埋文事業団が調査した。薄根川に北面する標高約446メートルの台地上に立地し、南側には水田が近接している。9棟の弥生時代後期の竪穴住居が発見された。各竪穴住居は、主柱穴4個と炉をもち、長方形の平面形が基本で、そのうち2棟には、建築材とみられる炭化材が多数残されていた。出土遺物には甕、台付甕、鉢、高坏などがあり、赤色塗彩が施された土器の出土が目立つ竪穴住居もある。生産の基盤として、南に接する現水田部分についても一部調査されたが、弥生時代の水田の存在については否定的な結果であった。このほか、遺構は明確でなかったものの縄文時代十三菩提式と五領ケ台式の中間的な様相を示す土器や阿玉台Ia式、同II式、加曽利E3式など前期後半から中期前半にかけての土器破片が出土している。遺物は県埋文センターに保管されている。〈大江正行〉 |
| [文献] ◇『師遺跡・鎌倉遺跡』 県埋文事業団 1989 |