| 勝保沢中ノ山遺跡(かつぼさわなかのやまいせき) |
| 勢多郡赤城村勝保沢字中ノ山にあり、赤城山の西麓末端の標高350メートル付近に立地する。1982年に関越自動車道建設に伴って県埋文事業団が発掘調査した。旧石器時代の石器群15、土坑3、縄文時代前期の竪穴住居14、集石19、土坑125、古墳時代中期の竪穴住居5、奈良時代の土坑1、近世の炭焼窯1などが見つかった。旧石器時代の石器群は、2万2000年前から2万5000年前のAT下にあり、いずれも同時期のものである。黒色安山岩を用いたナイフ形石器を主体に、削器、掻器、石核、縦長素材剥片、敲石、磨石などがあり、総数は3600点余りにのぼる。各石器群における石器組成や原石の搬入、消費のあり方から、2世帯から3世帯で構成された集団による生活の跡であることが判明している。古墳時代中期の18号住居からは、高坏や坩を主体とした220個体もの土器が出土し、器種構成および数量の面で特異なあり方を示している。また、一部の坩に5世紀初頭段階の初期須恵器の影響が認められ、県内における須恵器の出現期を知る上でも重要である。出土遺物は県埋文センターに保管されている。〈石坂茂〉 |
| [文献] ◇『勝保沢中ノ山遺跡』I・II 県埋文事業団 1988・1989 |