頭無遺跡(かしらなしいせき)

  前橋市鶴が谷町にあり、赤城山南麓の南南西に延びる標高110メートル丘陵性台地上に立地する。柳久保遺跡群内の遺跡である。1987年に住宅団地造成に伴って前橋市埋文調査団が発掘調査した。旧石器時代の文化層をはじめとして、縄文時代早期の30基を超える陥穴や十数個の復元個体を含む押型文土器と沈線文土器などが出土し、平安時代の土器製作用粘土採掘坑も見つかった。旧石器時代の文化層は、As-YPとAs-Srの間、As-BPの下部、AT下の暗色帯中に3層が認められ、上から第I、第II、第III文化層と呼ばれている。最上部の第I文化層は細石刃文化石器群であり、第II、第III文化層からはナイフ形石器や剥片が数点出土した。第I文化層は、台地西側部分の面積900平方メートルの範囲から425点の石器が出土した。さらに南と西に延びることが予測されたが、その部分はすでに消滅していた。石器は縄文時代の包含層からも出土したが、主体はAs-YPの下部からAs-Srが混在する層位から出土したため、1万3000年から1万4000年前のものと考えられる。石器は、細石核1点をはじめとして細石核の関連用品、細石刃、彫器、彫器削片、削器、掻器、敲石、剥片、砕片によって構成される。東北日本の日本海側から産出する硬質頁岩が425点のうち354点と8割強の高比率を占めており、楔形の細石核があることや荒屋型彫器を伴う石器群であることから、北海道や東北地方にみられる湧別技法に共通性が求められる。このほか13点の黒曜石は、箱根系畑宿産という分析結果が提出されている。出土遺物は前橋市教委に保管されている。〈前原豊〉

[文献]
◇『柳久保遺跡群VIII』 前橋市埋文調査団 1988

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