開発遺跡(かいはついせき)

  勢多郡北橘村箱田字開発にある。赤城山麓の南西に延びる台地北縁部に立地し、標高は265メートルから280メートルで、北側を木曽川が流れる。1993年にほ場整備事業に伴って2500平方メートルの範囲を北橘村教委が発掘調査した。調査の結果、縄文時代早期の集石遺構、前期の竪穴住居3、平安時代の竪穴住居1が見つかった。集石遺構は扁平な礫を不定形に、ほぼ同一面に並べたもので性格は不明である。出土遺物は少なく、炭化物と茅山式系の土器片のみである。同じ台地の続きで400メートル南西に離れた箱田遺跡群上原遺跡で138基の集石遺構が確認されており、これとの関連が考えられる。前期の竪穴住居では完形に復元できる遺物はなかったが、いずれも黒浜式期のものである。平安時代の小規模な竪穴住居から鉄塊が1046グラム発見された。北橘村では小鍛冶遺構の調査例しかなく、製鉄遺構の存在が予想されるものとして注目される。出土遺物は北橘村教委に保管されている。〈長谷川福次〉

[文献]
◇『開発遺跡』 北橘村教委 1995

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